| 式辞 |
土佐が誇る幕末の志士、坂本龍馬・中岡慎太郎墓前祭が、多くの皆様方のご列席により、
しめやかに執り行なわれますことに、両雄のふるさと高知を代表いたしまして、心から感謝申し上げます
龍馬と新太郎の両雄は、幕末の激動の中を、近代日本の夜明けを目指して奔走し、
薩長同盟をはじめ明治維新の立役者となる大きな功績を残しました 残念ながら、
慶応三年(一八六七年)の十一月十五日に、夢半ばで京都近江屋にて凶刃に倒れることとなりましたが、
没後一四〇年を越える今でも、墓前に手を合わす多くのファンの姿が見られ、二人の志は、
現在も息づいているように思います ご承知のとおり、この十一月十五日は奇しくも龍馬の誕生日でもあり、
龍馬のふるさとの高知市では、龍馬を偲ぶ様々な行事が催されております 高知市上町の生誕地の碑の前では、
地元の方々が中心となり、坂本龍馬誕生際が執り行なわれています また、今夜には、生誕地に程近い升形商店街を歩行者天国とし、
提灯行列やバースデーケーキのろうそくの点火、また、よさこい鳴子おどりなど、龍馬の誕生を祝福するバースデーイベントが開催されます
明るい話題が少なく、様々な課題が山積する現代社会ではありますが、このような時代だからこそ、
私達は、龍馬・慎太郎二人の先見性や行動力に学び、何事にも勇気をもって取り組んでいくことが重要であると考えます
このことからも、この墓前祭や誕生祭を通じて、両雄の顕彰がさらに深められ、京都と高知の交流がますます発展していくことを期待しています
終わりになりますが、墓前祭の開催にあたり、ご尽力いただきました京都高知県人会の皆様をはじめとする関係者の皆様方、
また、本日墓前祭にお集まりいただきました皆様方に厚くお礼申し上げまして、挨拶に代えさせていただきます
平成十九年十一月十五日
高知市長 岡崎 誠也
| 祭文 |
落葉石階を繋ぎ冷気漂うここ洛東京都霊山護國神社の神域に永遠に眠らせ給う贈正四位・坂本龍馬先生
贈正四位・中岡慎太郎先生の墓前祭にあたり両援会を代表して謹んで申し上げます
幕末二十年余りの動乱のさなかにあって、坂本龍馬先生は卓越した先見性と国際性、
その行動力によって薩長連合・大政奉還と歴史に残る偉業を画策 海援隊を組織し、
近代日本の指針ともゆうべき藩論船中八策を残され、中岡慎太郎先生は常に龍馬の良き相談役として、
慎太郎なくして龍馬なしと言われるほどの龍馬の理解者であり、協力者でありました
一身を日本の将来に捧げられた両先生も維新の大業が成りたる慶応三年旧暦十一月十五日京都河原町近江屋において
非業の最後を遂げられたのであります
両先生を偲ぶ龍馬祭は、明治、大正、昭和、平成と絶えることなく京都高知県人会と心ある人達によって続けられてまいりました
最後の会話と伝えられる「腹が減った 峰、シャモを買って来ないか」という龍馬先生「俺も腹が減った 一緒に食うから・・・」と
云った慎太郎両先生を偲ぶには、この軍鶏をのけて他にないと思われます 今年も参列された方々へ軍鶏鍋をふるまい、
又墓前に供えて本日御参列の皆様方と共に両先生の遺徳を偲びたいと存じます 私達の微衷を了とせられ日本国の行く末と
縁故深き人達に御加護を垂れ給わらんことを祈念して祭文といたします 安らかにお眠りください
平成十九年十一月十五日
両援会 副会長 吉本 幸男
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